小さな舌打ちは、足元で折れた小枝の悲鳴に消えた。
まだ幼さの残る瞳を鋭くして、辺りを見渡しながら足早に進むのは逸れた半身を見つけるためだった。

迂闊だった。

そう、思う。
まさか命より大事な小さな手を離してしまうなんて。自分でも信じられない失態だ。

「…… !」

返事をして、俺を、呼んで。
支えたい筈なのに、彼女を求める声は縋るようで。
滑稽にも程があると自覚しながら、それでも純には彼女を求める他なかった。
彼女は、最愛の妹は、全てだから。
あらゆる才を持つといつか言われた。あらゆる才が無いといつか言われた。だから二人なら、補いあって生きていけるのだと、そう信じていた。
これが、自分の生まれた意味なのだと。

「純、見つけた!」
「ったく、苦労かけやがって……」

背後から呼ばれる。
その声に振り返らず、純はまた一歩前へと進む。

「純?」
「ごめん、鳳。俺は、 を探さなきゃいけないから」
「でも」
「俺なら大丈夫だから。遊んできなよ。あ、見つけたらハルやとも遊んであげて」
「おい」

アイスブルーの瞳が、限界まで遠くを見つめる。
だから、純は、

「おまえの妹なら、向日さんがもう見つけてる。さっき連絡があった、だからーー」
「は?」

唐突な言葉に慌てて振り向くと、思いのほか近くに居た二人に視界がぐらついた。

「な、に?」
「だから、おまえの妹はもう」

俺以外が、あの子を見つけた?

「っ……」

思えば、ここに来てからそんなことばかりだ。
昔は に手を差し出すのは、自分だけだった。
なのに、今は。

「……跡部も、向日さんも、どいつもこいつも……」
「純?」

不安げな鳳の声すら、今の純にとっては苛立つものだった。
だから触れようとした手を跳ね除けて、純は鳳の胸ぐらを掴んで引き寄せる。

「っ!?」

その手が離れたと同時に、純の足も地面から離れていた。
浮いている、など思う間もなく尻から地面に落ちてようやく事態を認識する。
だから純は即座に立ち上がると、自分を鳳から引き剥がした日吉に拳を振り上げた。

「ふ、ふたりとも!?」

鳳の戸惑う声と同時に、純の拳は日吉に軽くいなされる。
古典武術だろう。それを理解すると、純は日吉の腰の辺りを掴んで思い切り足を払った。

「ッ、おま」

小柄な純の慣れた動きに日吉も驚いたようで、不意をついた足払いを彼はそのまま受け入れて下半身から地面に落ちてしまう。
だが日吉もそれで終わるような鍛え方はしていない。
転んだ日吉の手は、すんでのところで純の腕を捉えていた。

「この、」
「っわ」

そこからはあまりに酷いもので。
地面に転がったまま違いをただ殴ろうと、蹴とばそうと。掻いて引いてのそのやり取りに、とうとう堪忍袋の緒が切れたのは、他でもなく鳳だった。

「いい加減にしろよ!」

そう叫んで二人を引き剥がすと、二人の頭を無理矢理下げさせ「仲直りして!」と二人を叱りつけた。

「仲直りも何も、別に仲良くない……」
「友達だろ!」
「友達になった覚えは……」
「友達なの!」

怒鳴る彼は、その語気に反して今にも泣きそうで、日吉はバツが悪そうに視線を泳がせる。
純はといえば、完全に不貞腐れたようで鳳を睨むばかりである。

「迷子になって不安なのは分かるけど、友達に当たるのは良くないよ」
「だから、友達じゃないって……友達なんか、要らない……」
「……なんで、そんな」
「だって」
「寂しいこと、言うなよ」
「俺は、 を守れるなら自分の心だって捨てられる」

これは、そのための命だ。
そう呟いた純のうしろには、重苦しい静寂が広る。

「妹がそうさせてるのか」

口を噤んだ鳳に反し、臆せず問いかけたのは意外にも日吉だった。
興味もないだろうと思っていた純は、一瞬驚きながら首を横に振る。

「俺が、そう決めた」
「なら、そこにお前以外の何者も介在してないだろ。自分の心を捨てられるだなんて、甚だしい。お前はお前の意思で、妹に甘えてるだけじゃねえか」
「!」
「兄貴なんだろ。いちいち、妹の責任にするな」
「お前に、何が分かーー」
「ストォオオップ! また喧嘩するつもり?!」

再度日吉に?みかかろうとした純を、鳳は慌てて羽交い締めにする。

「もう、 の隣だとあんなにおとなしいのに……」
「こっちが本性か」
「はあ? の隣の俺だって嘘偽りない俺だ」
「こっちが本性なのも否定しないんだ……」

呆れたように言うと、鳳は少しだけ穏やかな表情に戻る。それから、純を解放すると日吉との間に立ち2人の顔を交互に見た。

「何?」
「何だよ」
「……別に? ほら、じゃあ純、 のところに行こう」

なんだそれ。呟いた純のジャージを引き、鳳は歩き出す。
引きずられて歩き出した純は、ため息をつくとこの身体の大きなお節介を出し抜くべく思考を巡らせ始めるのだった。


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