「あいつら大丈夫かな……」

走っているうちにはぐれてしまったイトコたちを案じつつ、は売店の影で溜息を吐く。初夏の温かな中で走った肌には汗が浮かび、張り付きそうな髪を雑に掻き上げた時だった。

「ねえ」

足音は複数。見つかったかと思い、声の方を見ては顔をしかめた。
に向かって歩いてくるのは、見知らぬ二人組の男。
服装を見るに、生徒でもなく普通の客だろう。

「一人? 今日学生多いけど、遠足か何か?
「いいねえ、学生は。暇ならちょっと面白い所行かない?」

瞼を微かに落とし、綺麗な形の眉を寄せて、は彼らをじとっと睨む。

「そんなチープな台詞、仕事でも聞かなかったぞ……」
「ん? 何か言った?」

ぽつりと呟いた声は、男たちに届かなかったようだ。
はあからさまに重い溜息を吐くと、彼らを無視して去ろうとした。
その手を男が掴み、はいよいよ苛立った様子で彼らをきつく睨む。

「俺、男だけど」
「えー、そんな嘘つく程いや?」
「怖くないよ〜、オレ達!」

そう言いつつ、掴む力が強くなったことに気付く。

「痛っ……」
「あー、痛かった? ごめんね?」
「素直になれば、優しくしてやるんだけどなあ」
「おい、離せよ!」
「あっちに行ったら、離してやるよ」
「はーい、あっち行こうな〜」

力では敵わない。
抗うための力が欲しかった。それでも、その力を鍛える時間もなければ、それが許されるような境遇でもなかった。
しなやかに、柔く、白く、愛おしく。
それだけが、に求められ、また許された生き方だった。

「この、離――」
「なあ、にーちゃんら」

の言葉を遮ったのは、聴きなれないイントネーションのけだるげな声。
それは、ここ最近よく耳にする声だった。

「忍足……」

男たちの影から、そこに立つ彼を見る。
にこりと笑顔で立つ忍足は、まるで大丈夫だと言うかのようにひらひらと手を振った。
それだけで、少し安心する。
だからは軽く頷くと、力を抜く。

「そいつ、うちの後輩なんですわ。男子テニス部の。かわええやろ? でもなあ、にーちゃんらに渡すわけにはあかんのや」
「はあ? なんだ、てめえ」
「とゆーわけで、な?」

軽やかな足音が、の耳に入る。
向かってくる。真っ直ぐに。

「お、おい!」
「危ねえ!」

まるで体当たりでもするかの勢いに、思わず男たちはぱっとその場で身を翻す。
開いた視界で、忍足はにこりと微笑むとの手を取った。
だから、も彼の勢いに乗って走り出す。

「あ、待て!」

そんな怒声は、気付けばはるか後方に置き去りにしていた。

「殴り飛ばすのかと思った!」
「んなことして問題になったら、大会出れんくなるやろ!」
「そうだな!」

笑いながら走り、売店から遠く離れた頃、2人はやっと足を止める。
流石のレギュラー部員との並走はかなりきつかったのか、立ち止まると共にはがくんと地面に崩れ落ちた。
それでも、無性に逃げてきたことが面白くて、笑いが止まらない。
そんなに、忍足は自動販売機で水を買うとそれを差し出した。

「あー……ありがと、忍足」
「こらこら、先輩やろ?」
「……忍足先輩」
「はい」

イケメンがふわりと微笑むのは、流石に絵になる。
多分、女生徒が見たら卒倒してしまうのだろう。
真似でもしたら、少しは自分も男らしくなれるのだろうか……。

「なんや、そない見て。見惚れたん?」
「いや、かっこいいなって……おい、にやにやするな!」
「いやいやいや、無理やろ。そない唐突に『かっこいい』とか!」
「はあ、やっぱ変な奴だな」
「……」
「……じゃあ、俺行くわ」
「行くな行くな」

逃げようとした腕を掴まれ、芝生に再び座り込む。
その手はすぐに離してもらえたが、何とはなしに逃げづらくは膝を抱えた。

「聞かないんだ」
「聞かへんな」
「追ってきたから、問い詰められるかと思った」

視線は重ならない。
ただ、言葉だけが二人を繋いだ。

「そもそも登場から迷子で、五月に跡部のコネで転入してきて、何もないやなんて誰も思ってへんて」
「う゛」
「せやから、もう逃げんくても、ええねんで」
「……ん」

小さく頷いて、は少しだけ視線を上げる。
広がる快晴。眩しい太陽に、今は照らされているのだと。

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