約束の歌

 あの日、彼らの歌は聴く者に幸福を招き、うたプリアワードを受賞したST☆RISHは名実ともに国民的アイドルとして名を馳せることとなった。彼らが出演する番組の撮影があれば、テレビ局の前には大量のファンが入り待ちや出待ちをするし、撮影観覧ともなればオークションで高値取引をされ大問題になる程である。彼らが過ごす寮は早乙女事務所の私有地にあって尚、不法侵入するファンが絶えず警備を増やさざるを得なかった。彼らの勢いは留まることを知らず、ファンからの熱い要望も相俟ってうたプリアワード受賞記念全国ツアーも決定している。

 これから、という時だった。


「なんで、あんたたちなのよ!」


 その一言を、来栖翔は一生忘れることがないだろう。
 ファンの波を掻き分け、移動している途中だった。隣に居た自分よりも先に、彼を見続けていたファンが悲鳴を上げた。ファンとの間に立っていた警備員は一人の暴れる女を取り押さえている。駆け寄りたかったのに、強い力で引き離されて車に押し込まれた。
 見えたのは、赤い彼の髪と似付かない鮮血の色。





 一十木音也緊急入院は即座にスポーツ紙の一面を飾って染めた。その日の音也と翔は昼の生放送番組の撮影があり、そこから次の撮影の為に急ぎの移動が必要だった。出口をファンに塞がれ車が出せないことを考え、多少ファンサービスも兼ねて車道に来た車に外で乗りこむ手はずであった。結果その車に乗ったのは、翔一人だけだったのだが。


「すまない、撮影が長引いて。一十木の容体は?」


 気付けばもう深夜。広い病室は当然のごとく個室で、たった今駆け付けた聖川真斗以外はもうそこに居た。


「一命は取り留めました。ですが、意識が戻らないことには……」


 生きている。一ノ瀬トキヤのその一言で、少し真斗の張った肩が下がる。視線を移せば、椅子に座っていた七海春歌の泣きはらした瞳と視線がぶつかった。隣に座って彼女の背を撫でる四ノ宮那月が力なく微笑んだ。


「イッキを刺したのは、うたプリアワードにノミネートされなかったアイドルのファンだったそうだ」
「そうか……」


 神宮寺レンの言葉を受け、真斗は真白なベッドに歩み寄る。呼吸器を着けた彼の顔を見ると、否が応でも犯人を憎く思ってしまう。


「私が、曲を書かなければ一十木くんは、こんなことに……」
「ハルカは悪くありません……そんなこと言わないでください……」


 愛島セシルが言った言葉は間違いではない筈だ。だが、春歌の言葉はベッドの脇で俯いていた少年に不必要な後悔をさせてしまう。


「俺だ。俺が、隣に居たのに助けられなかったんだ。俺がもっと早く気付いてたら、こんなことにはならなかった」


 翔は顔を上げることなく、絞り出すような声で呟く。それは違うと誰もが言ったが、翔の強固な後悔は消えなかった。


「翔は悪くないよ!」
「でも、俺がお前をッ」


 勢いよく顔を上げ、全員が自分を見ていることに気付く。それから、今自分が言った言葉の不自然さに気付いた。


「今、音也喋った……?」
「何を言っているんだ、来栖……」
「翔ちゃん、現場にも居合わせて疲れてるんじゃ……」


 心配そうな言葉に、翔は少し焦りながらも思い出す。今、確かに、彼の声が聞こえたのだ。


「疲れてなんか」


 反論しようと言いかけた翔の肩が、ずんと重くなる。背中がぞわりとして、誰も居ない筈の背後をそっと覗いた。


「翔は悪くない、俺が保証する!」


 正面を向き直し、翔はベッドの上を確認して目を丸くする。


「来栖、どうした?」
「音也が、二人?」
「翔ちゃん、大丈夫ですか? 休んだ方が……」
「俺は大丈夫だよ! 音也が!」


 振り返った時に見えたモノ。それは間違いなく彼で、なのに誰もが翔の発言に驚きこそすれ信用してはくれない。それでも翔にははっきり見えていた。眠っている筈の、音也が。
 もう一度振り返り、先ほどと同じく立っている音也を見る。彼はゆっくりと首を横に振り、病室の扉を指さした。


「は?」
「いいから、来てってば」


 そのまま音也はベッドもすり抜け、扉の向こうへ消えてしまった。訝しげに見ている那月たちに「疲れてるみたいだ」と少し素っ気なく断り、仕方なしに病室を後にする。
 頭の中はぐちゃぐちゃだ。何故音也が二人居るのか、何故他のメンバーは何も言わないのか、何故扉をすり抜けたのか――


「扉をすり抜け、た?」


 すうと冷たい廊下に出て、はたと気づく。


「音也、お前、足っ!」
「しーっ、しー! 翔、静かに! 病院だからここ!」
「うわあああああっ」


 眼前に不意に現れた音也の顔に、思わず袖に口を押し当てて叫ぶ。響くことはない叫びは暫く続き、翔が落ち着く頃には音也も苦笑いを浮かべていた。


「気付いたら足がなかったんだよね」
「お前……随分落ち着いてんな……」
「うーん、最初はびっくりしたよ? でも、誰にも気づいてもらえないし、壁だってすり抜けちゃうし、目の前で俺が寝てるし、仕方ないかなって」
「仕方なくねえよ……」


 非常階段に移動した翔は、階段に座って目の前に浮かぶ音也を見上げた。音也越しに夜空がぼんやりと見え、彼の瞳に閉じ込められた星が妙に綺麗だ。


「はあ……」
「翔?」
「……ごめん」
「え?」


 鼓動も落ち着き、徐々に彼の状況を飲み込んで、それから一番に伝えなくてはいけない自分の想いに気付く。


「助けてやれなくて、ごめん」


 目の前で、何もできずに、倒れる彼を置き去りにして。


「ごめん」


 喉が熱い。きっと泣いてるんだ、なんて。


「翔!」


 音也に名前を呼ばれ、星を透かした彼の手が伸びた。それが触れることはなかったし、頬に添えようとした手と悲しそうな彼の顔が涙の所為でぼやけてよく見えなかったが、それでも声はしっかりと届く。


「翔の所為なんかじゃない。誰の所為でもない。俺は生きてるから、大丈夫だよ」


 喉から絞り出すような声で、眉を下げて、瞳を微かに揺らして。
 そんな声で、そんな顔をするならいっそ抱きしめてくれたらよかったのに。口にはしないで、袖で涙を拭うと翔は不器用に笑った。夜風に晒された涙が乾いて、皮膚が張って少し痛い。それでも、彼の笑顔をまた見ることができるのなら、悲しみを押し殺して笑うのも悪くはない。


「うん」
「ていうか、むしろ俺がごめん。ツアー前なのに」
「お前も謝るなよ!」
「えー」


 不貞腐れたように言えば、いつもの調子で笑う音也の顔が見えた。


「ていうか、お前、身体の近くに居なくて平気なのか?」
「うん? うーん、なんか翔の傍に居た方が調子良いんだよね」
「何だそれ」
「何だろう、えへへ」 


 その夜はそのまま寮へと戻り、布団へ潜り込んでしまった。自分にしか見えない彼をどう説明しても、きっと信じてもらえない。出来ることは、ただ彼が早く目を覚ましてくれることを願うだけだった。
 ツアー初日の、その日までに。