「今日は転入生を紹介します。和水くん、入って」

名前を呼ばれて、目の前の扉を開く。
五月の暖かな陽気にあっても、誰も居ない廊下はどこかひやりとしていた。その冷たさから逃げるように、濯は初めて見る教室に飛び込んだ。

「和水濯だ、よろしくな!」

極めて明るく、クラスメイト全員に笑顔を向けたことに裏はない。
和水濯とは、そういう人間なのだ。そういう人間を、稀に疎ましく思う人間も居る――居た。
それでも、そうじゃない人間が存在することを濯は知っているのだ。だから、らしくいられる。
濯はちらりとクラスを見回した。

(……うん)

濯の笑顔を受け入れるように、にこやかな笑顔と歓迎の声。
それを受けて、濯は最後の懸念を全て放り投げた。

(これなら、あいつらも大丈夫)

そうして挨拶を終え、担任に指示された通りに用意された席へと向かう。
急いで足されたであろう窓際の、隣に誰もいない席。気楽そうだと思いながらその席に座ると、前に座っていた生徒がくるりと振り返った。

「奇遇じゃのう」
「あ、えーと、仁王」

彼は濯たちがこの世界にやってきた瞬間に居合わせた人物である。
流石に目立つ銀髪と口調を忘れることはなく、濯は彼の名前を呼んだ。

「クラス一緒なんだな。これから、宜しくな」
「まさか本当にこの学校に来るとはな……宜しく」

流石に突然現れた手前、ことの顛末は彼と同じく居合わせていた柳生には伝えていた。
とはいえ半信半疑だったのだろう。少しだけ驚いたような仁王に、濯も思わず苦笑いを浮かべる。

「しかし跡部の行動力と財力には驚きじゃのう……」
「本当、金持ちって実在するんだな」
「あれはちょっと規模がおかしいぜよ」
「でもまあ、食うに困らない生活ってのは本当有り難いからな」
「……食うに困った経験があったような口ぶりじゃの」
「自慢じゃないが、うちは貧乏だった!」
「はあ……ジャッカルみたいじゃな」

そうして濯と仁王は雑談を交わす。
ざっくりとした性格の二人は意気投合したようで、担任のチョークが飛ぶまで二人は様々なことを語り合った。クラスのこと、学校のこと、部活のこと。様々なことを教わりながら、濯はちらりと窓の外を覗き見た。さて、碧は上手くやれているのだろうか。

同じ頃、当の碧もやはり新たなクラスに挨拶をしていた。

「河羽碧です。何かと解らない事もあって、迷惑をおかけするかもしれませんがよろしくお願いします」
「じゃあ、河羽は……柳生の隣に席を用意したからそこに座ってくれ。柳生、手ェ挙げろ」

体育教師らしき担任に言われ、柳生の隣まで進む。
一歩進む毎に女子の黄色い声が上がった。それが自分に向けられていることに気付いていたが、それに何か思うことはない。
碧は美しい姉に似ているところがあると自負していたし、碧にとって最上の存在である姉に似ている自分の容姿がそこらの人間より劣るとは思ってはいなかったからだ。

「奇遇ですね」
「そうだね、よろしく」

挨拶をしつつ碧はクラスを見渡し、席に着く。
碧を迎え入れたクラスメイトの中に、碧が知っている顔がひとつ。

「真田も一緒なんだ、クラス」
「ええ」
「……柳生は、疑わないの?」
「貴方方が嘘を言っているようには見えないので。それに、貴方はクラスを見ただけで真田くんを言い当てましたしね」

笑顔でそう言われ、碧も笑みを浮かべた。
それは柳生が見せた笑顔のようなものではなく、もっと深く、利己的なもの。だが、柳生はすぐに朝の連絡を始めた担任に向き直っており、そのことに気付くことはかなかった。

すべてを利用するのだ。
碧には、未来を変える必要があった。だがそれは、酷く独善的でその本質は八つ当たりでしかない。
それでも、碧は。

「感謝しないとね、跡部には」


To be continued.

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