人間への昇華
「気張りすぎ」
目も合わせず、ドリンクのボトルを差し出した彼の名前をよく私は知らなかった。
さ行から始まっていた気がする。
ただ、今はそんなことよりも強くなっていくことの方が大事に思えてならなかった。
「……ありがとう」
ボトルを受け取ると、彼はタオルを投げてきた。
本当はこんな休憩、必要ない。
ただ、吉良監督は休憩をも強制的に取らせてくる。
本当に私は強くなれるのか。このチームで、強くなんかなれるのだろうか。
「砂木沼、ストレッチ手伝ってよ」
「ああ……」
「テンション低いなぁ」
私に眉を寄せた彼は、ピンクの多少なりとも奇抜な髪は丁寧に切り揃えられ、一見すれば女子に見られてもおかしくない。
しかし、触れた背中に付いた筋肉や骨格は女子のものとは程遠いものだった。
「あだっ」
「まだ全然曲げてないぞ」
「いやいや、砂木沼どんだけ柔らかいんだよ!」
「私は……」
彼に言われ、今度は私が座り込む。
ゆっくりと息を吐きながら、関節を曲げた。
顎が地面に付いた辺りで、彼は声を漏らした。
「砂木沼柔らかい!」
「お前が堅いだけだろう」
「俺は硬くないよ。御影じゃ一番柔らかかったし」
楽しそうに笑う彼は、私の向かいにしゃがんで顔を覗かせた。
「うん、ずっとそんな顔してればいいんじゃない?」
「え――」
「言っただろ? 気張りすぎだって」
自分の表情など、気にしたことのなかった私は少し驚いた。
彼は今の私の表情がいいと言った。
「お、練習再開っぽい」
「あ、おい、」
「んー?」
「その……名前……」
彼は一瞬呆然としたかと思うと、眉を寄せて私にずいと顔を寄せた。
「覚えてなかったの?! 改だよ、下鶴改!!」
「すまない……改」
彼と――改と顔を合わせると、口元の筋肉が緩まるのを微かに感じた。
改はその方がいいと言ったから、きっとそれでいいのだろう。
「ほら、練習!」
「ああ」
差し出された手を取り、私は立ち上がった。
fin.