マイペース


眠りと覚醒の間、簡単に形容するには中途半端なまどろみ。
そのふわふわとした、またどろどろとしたよく分からない感覚の中に円堂は居た。
狭く汚い部室の、硬いパイプイスと古い教員机。夏の暑さには調度いい組み合わせで、片付けなければならない書類も余所に円堂の手からは完全に離れた場所でシャーペンは転がっている。
夏休みに重なるFFIの合宿だが、学生として、また円堂は部長としての役割を無くしたわけではなかった。
雷門中恒例、秋の生徒総会。
部の予算を決める大事な総会で、その資料作成は勿論部長の仕事。部員の数や活動内容、功績や目的その他様々な項目がぱっくりと口を開けた状態で放置されている。
正式な文書ともあり、いちいち書かれている文句が円堂には難しく思えた。第一、皆が練習をしているというのに一人こうして書類と睨めっこだなんて堪えられるわけがない。
このまま寝てしまおうか。そんなことさえ思い始めた時、静かだった部室に軽快なノック音が響いた。
ひかえめに二回、それから少し強めに三回。返事をするのも億劫で、その音をただ聞き流していた。
すると、ゆっくりと戸口が開く音が耳に入ってくる。誰だろうかと考えている内に、その人物はおずおずと唇を開いた。


「え、円堂くん……?」


その頼りないハスキーボイスが、脳を撫でるように名前を呼ぶ。
女子でもないのに円堂をくん付けして呼ぶ、女子でもないのに円堂が名前で初めて呼んだ人。


「円堂くん、寝てるの? 早く終わらせないと――」


肩を揺する腕を突然掴んで引くと、彼はがくんと体勢を崩してつんのめる。
無理もない。微かとはいえ体重を預けていた細腕を奪われたのだから。


「う、わ」


倒れた体を受け止めて書類が散らかる机に素早く組み伏せれば、明るく燃える赤い髪が白に散った。
心底驚いたような彼の翠の目を見つめて、円堂は悪戯に笑った。


「よ、ヒロト」
「よ、じゃなくて……円堂くん!」


ヒロトの言葉を聞くそぶりも見せず、円堂は鼻先を胸元へ擦り寄せた。
薄いその内から叩かれる音を聞きながら、すんすんと鼻を動かしては首へと顔を移動させる。


(やべー……)


つんとする汗の臭いで、円堂の背中を何かがはい上がる。
舌先で軽く首筋を撫でれば、ヒロトは小さく声を漏らして円堂を押し返そうとした。
しかし、フォワードの彼がキーパーの円堂に敵うわけもなく。


「え、んどーくん、ちょ……部室……!!」


足の間に体を割り込ませ、ぐいと密着させればヒロトはよく分からない言葉を呟いて口を閉ざしてしまった。


(興奮、す、る)


顔を上げて、ヒロトを見る。
普段は病的なくらいに白い肌が赤く染まり、瞳は溶けてしまうのではないかと思う程にとろんとしていた。
少しだけ開いた口から漏れる吐息と、密着した下半身から徐々に増す熱。


「ヒロト」
「円堂、くん……」
「守でいいよ」


あぐ、と口を開けて円堂はヒロトの唇を奪った。噛み付くように、という言葉を体現するような接吻に、思わずヒロトの瞳から雫が一つ溢れる。


「ん、ふ」
「くふ、むぅ……」


篭った音とリップ音が、部室の暗がりに吸い込まれていく。唇の角度を変える度にぴくりと動くヒロトが可愛くて仕方がない。
ヒロトの下で書類がクシャと音を立てても、円堂は気にもしなかった。


「っはぁ、まもる……」
「ん?」
「ふ、どぉ……くん」
「は?」


不意に、零れた別の誰かの名前。
それに円堂は眉を寄せた。
ヒロトの細い手が、円堂の背後を指差す。


「い゙……」
「あ、」


普段は澄ました瞳を丸くして、不動が。


「一緒に呼びに来たから……」


扉の所で立っていた。


「あ……えと、カントクガハヤクシロッテ」
「……言ってた、よ」


固まった二人を見、埋まっていない書類を見て、円堂は深く溜息を吐いた。



fin.