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(多分、どこにでも居る。ありふれた、普通の気弱な女子なんだ) 髪を染めたのはいつ頃だったか、なんてもう忘れてしまった。同じ位ぼんやりと、彼女を意識し始めた。 丸井の赤い髪と同じ、赤いフレームの眼鏡。その鮮やかな色に反して、俯きがちなクラスメイトは、丸井が共感出来ない程授業を熱心に受けていた。 何が楽しいのか、先生の言うよく解らない冗談に目を細めてニコリと微笑む。そんな彼女が、遠く感じた。 (……何が面白いっつーんだよ) 笑いの沸点がずれている。解っていた。 彼女は、クラスの喧騒の中で馬鹿みたいに笑う他の女子とは違う。故に、丸井とは大きく異なる世界を持っている。 その世界を、覗いてみたいと思いはすれど、得たいなどとは到底思えなかった。 「じゃあ、隣の人と二人一組で教科書を読み合って下さい」 けれど、奪いたいとは思う。 与えたいと思う、俺が存在出来る世界を。 「丸井! ぼーっとしてんなよ!」 英語教師に怒鳴られ、丸井はその視点を教師に合わせる。 彼は指を差している。赤縁眼鏡の彼女も、こちらを見ている。 「へ?」 「だから、お前の隣が休みだから、お前はこっちに来いと言ったんだ。頼むからそれ位聞いててくれよなぁ」 先生の泣き言混じりの懇願に、クラスはどっと沸く。丸井は渋々席を移動した。 適当にやるか、なんて横を見て唖然。 「……丸井くん?」 大丈夫? そんな言葉を発して。 心配そうな、不安そうな、迷惑そうな、怒った様な、要は顔なんて見てられないわけで。 丸井は思わず立ち上がった。クラス中の視線が集まる。 「教科書っ、机に忘れたから!」 言い訳を精一杯に口にして、慌てて席に戻る。 明るい笑い声が教室に響いた。が、直後にそれはけたたましい騒音に変わった。 焦るあまり机に蹴つまずいた丸井は、羞恥で俯いたまま右膝を抱え込んだ。 「っ……」 「大丈夫か、丸井!」 「い、じょーぶ……って〜……」 抑えた膝を放すと、ゆっくりと滲む赤。 「あ……」 「保健委員、丸井を保健室へ連れてってくれ」 教師は「授業中にふざけるからだ」と既に冷静さを取り戻していた。 丸井は恥ずかしさからか保健室へ急ごうと、廊下に出た。 「ま、丸井くん!」 「あ――、じゃない! !」 「え、合ってるよ?」 「い、いいんだよ! で、なんだよ……」 自分を見上げる彼女に、丸井は目を逸らして聞いた。 は首を傾げつつ丸井の様子を伺っていたが、ふと慌てて俯いた。 「私、保健委員なんだけど──迷惑だった、よね……」 そう言い残し、教室に戻ろうとした彼女の、白い腕を掴んで引き止める。 驚いた彼女の表情に後悔しつつ、丸井は呟いた。 「迷惑じゃ、ない……」 保健室の独特のにおい、雰囲気に戸惑いながら丸井は丸椅子に座ってスラックスの裾をたくし上げた。 保健医は不在らしく、本来なら職員室へ向かう所を丸井がわざとらしく痛みを訴えて中へ忍び込んだ。職員室へ行ったら、彼女を引き止めた意味がなくなってしまう。 そのは丸井の背面にある薬品棚から消毒液を取り出し、丸井の前にしゃがみ込んだ。 「一応消毒して、絆創膏貼るけど……いいですか?」 「あ、うん。へーき……」 軽い音をたて、消毒液が傷口に染みる。微かな痛みを感じながら、丸井は眉を寄せた。 「い、痛かった?!」 「ん……平気だぜぃ」 不安気に眉を下げたに、笑顔を見せる。彼女はそれを見て、絆創膏の紙を開いた。 微かな圧迫感。立ち上がり、ゴミを捨てるを丸井は目で追った。 「、悪かったな」 「保健委員ですから」 「でも、授業とか……」 「あー……だ、大丈夫です!」 その言葉は自分に言い聞かせているようで、彼女は苦笑いを見せる。 赤縁眼鏡の向こうで、愛らしい瞳が細まった。 「丸井くんも、試合前なのに……」 「擦りむいただけだし、平気だろぃ」 「あのっ、」 の、微かに上擦った声。 ままよと飛び出した、言葉。 「試合、応援……してる、から……頑張って下、さい……〜っ」 言いながら背を向けて、は黙り込んだ。 丸井は目を丸くして、その背中を見つめる。そして、ゆっくりと立ち上がった。 「おう、任せとけぃ」 触れようとしたけど、出来なくて。 小さく手が震えているのを感じた。でも、伝えたい。たった一言だけ、君に。 「、」 「は、はいっ」 「俺、頑張るから。試合、見に来てくれよな」 踵を返して、保健室の敷居を跨いだ。 廊下は、保健室より少しだけ冷たい。それでも抑えられないくらいの熱が、丸井を支配した。 五月蝿いくらいの心音と、心地のいい高揚感。 気付いてた? 「俺、お前がすきだから!」 廊下を走るように逃げた丸井は、右手で口元を抑えて、顔まで真っ赤になって返事も聞かずに。 は思わず座り込んで、顔を両手で抑えて涙を拭った。 「私もだよ……っ」 初夏、不器用にその手が繋がれるのはもう少し先。 fin. |