「練習、遅くなりそうだ」

「待ってます」

「だから遅くなると」

「待ってたいんです」

小さな我が儘を言いました。
お付き合いをさせてもらっている、テニス部の日吉くん。日吉若くん。
字にしてみれば見栄えはいいのに、口に出すとなんだかくすぐったい。彼は名前と同じで、そういう人間だ。
ツンとした態度で冷静沈着かと思いきや、つまらないことでムキになる様を知れたことは私の自慢。
そんな彼をもっと知りたくて、傍に居たくて。夜まで続く練習も、ほんの少しの帰り道のために待っていられる。
帰り道、彼が何も言わずに車道側を歩くこと。去り際には、ご丁寧に翌日の持ち物を確認してくれる。少しお節介気味な世話焼きさん。
疲れないかな。私といて、疲れたりしないのかな。

「どうなんですか、日吉くん」

まだまだ練習中の彼から、返事があるわけでもないのに口にする。所謂独り言。
ただ名前を呼んだだけなのに、少し胸がぎゅっとした。こんなことで"すき"を再認識する私は、きっと彼を世界一愛しているんだ。そうに違いない。それだけで幸せだ。
彼もそうだといい、というのは我が儘ですか。
我が儘でもいい。構わない。

「好き、です」

暮れる陽の、空が赤から黒に変わる時間。
紫の空、灯る外灯、遠退く音、全部が愛しく思えるんです。
貴方に出会ったから。

「何恥ずかしいこと言ってんだ」

「 ひ、日吉くん!?」

「練習終わった」

「お疲れ様です……」

気付けば彼はそこに居て。
愛想のない特有の口調で、日吉くんは淡々と語る。

「帰るぞ」

「はいっ」

軽やかに隣を歩く。特権。幸せ。

「日吉くん、今夜は月が綺麗です」

「ああ――本当に」

月が照らすから、貴方に会えるの。
儚げに散らない、花じゃなくて構わない。ただただ、貴方を想う私でありたい。
受け止めてくれる貴方なら良いと、ひそかに思うよ。

「ありがとう、日吉くん」


fin.
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