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サアァ、と。 水音が走るようにコンクリートを叩き、鼻にかかる臭いを運ぶ。湿度は容赦なく制服と肌とを密着させ、酷く不快だ。 「タオル、使うやろ?」 「ありがと、う」 「ん」 簡単な言葉を投げては返し、は再び口を閉じる。 当たり前、といえばそうなのだろう。 部員ではないは、テニス部の部室になど今日まで入ったことがなかった。更に、同じ空間に居るのは、その主、部長の白石。 クラスメイトでしかない彼と、仲良く通り雨をやり過ごすにはは少し不器用すぎた。 「さんは、帰宅部?」 「あ、うん」 「高校は、阪一狙ってるって聞いたんやけど」 「一応」 大阪第一高等学校。 この辺りでは一番の進学校だ。 「俺は頑張って、とか簡単なことしか言えへんけど」 「ありがとうございます」 の視線は、壁の一点から動かない。 あまり見回すのも良くないと思っているのか、自然と肩は上がっていた。 「凝るで」 「あ、はい」 「肩、揉んだるわ」 「え、あ、や、いいです」 遠慮せんと。 白石はの背後に立つと、すらりとした手をその肩に乗せた。 びく、とが固まる。 「あ、もしかしてセクハラとか思った?」 「え、と」 「ちゃうちゃう、下心はあらへんよ。通天閣位にしか」 「それ結構ありますよね」 「……言うやん、自分。ナイスつっこみ」 よしよしと頭を撫で、白石は手を放した。 「あの」 「ん?」 「白石くんも阪一、なんでしょう?」 の言葉に、白石は少し目を泳がせた。 しかしすぐにいつもの笑顔で口を開く。 「せや、さんとはライバルやんな」 負けへんで、勝ったもん勝ちや。 そう言うと、白石はスッとに手を差し出す。その手には、一本の折り畳み傘。 「これ使おて、帰り」 「え、でも白石くんは」 「俺は鍵閉めたり、色々やらなあかんから」 ほら。 半ば押し付けるように渡された傘。 は頭を下げると、雨の中へと歩き出した。 (白石くんは) 雨を遮る傘の下は、外界と仕切られた一人の空間。 (優しいし気配り上手、頭もいいし明るくて人気者。色々任せられてて、期待もされてるし実力もある) 先程まで他人が触れていた肩や、傘からは自分以外の香り。落ち着かない。 (阪一狙いの、白石くん) 気付けば足はとっくに止まっていた。 「私、馬鹿だ」 振り返り、走り出す。 「し、白石くんっ!!」 部室に飛び込み、を呼べば白石は目を丸くした。 自信も呼吸が荒く、中々次の言葉を出せない。 「え、どうし、たん……?」 「あ……のね、」 ライバルと言われて、気付いた。 志望校が同じだから、白石を少し避けていたこと。 彼は、違うのに。 「私も阪一だけど、お互い頑張ろう」 どんなに大人っぽくても、一人は寂しい。 そうだよね。 「一緒に、阪一行こう」 そう言うと、は傘を差し出した。 白石はきょとんとしたまま、を見ている。 「止むまで、私も手伝うから」 少しだけ、白石は吐息混じりに微笑んでそれを受け取る。 は先程の勢いを失い、少し俯いて手を離した。 「ありがとう、さん」 季節の間、湿った空気。 二人の出会い。 fin. |